2013年03月31日

うちの子供が嘘をついたった orz:Parenting with Love and Logic (F. Cline and J. Fay), Part 2


Lie to Me / Zygia


5歳の息子がハワイの幼稚園 (Kindergarten) に通うようになってから、ウソをつくようになってきた。

友達が「ぼく、クジラみたよ」といったとき、息子は次のように応答していた。

「ぼくも見たよ。クジラがジャンプしてね。スッゲー高く飛び上がってね、地球の外にまでいってね、地球をバンって飛ばしたの。そしたら地球がドーーンと爆発してね、ドバーンってなったんだよ。アハハ。」

ウソといっても、この程度ならただの妄想と捉えることもできるので、まだマシである。微妙なのは、学校での出来事を話すときだ。先日、学校の先生から親あてに連絡があり、今日の息子の振る舞いが大変に悪かった、という報告があった。それを息子に問い合わせてみた。

私「先生から、今日は学校で全然集中できなかった、と書いてあったんだけど、どうだったの?」

息子「うーん、忘れた。」

私「そっか。学校ではいつもお昼寝の時間は寝てるの?」

息子「うーーん、ちょっとだけね。ひとねむり、してるんだよ。」

私「へー。お昼寝の時間は、友達と話したりしてるの?」

息子「ちょっとだけね。でも、友達と話してると先生に怒られるから、話しちゃだめなの。先生、声はカワイイんだけど、すごく厳しいんだよね。」

私「そっか。じゃあ今日も友達とちょっとしゃべっちゃって、先生に怒られたの?」

息子「うーん、お昼寝のときはしゃべってないかな。今日は授業中にさ、work を何すればいいか、よくわからなかったんだよね。先生に聞いても全然教えてくれないんだよ。それで友達に聞いたら先生に怒られたんだよね。」

私「ん????、
  そ、そっか。じゃあ、分からないときはどうするの?」

息子「早く work が終わった人はしゃべっていいの。だから、その人に聞けばいいんだよ。」

私「へー、そうなんだ。じゃあ、今日は早く work が終わった人としゃべって怒られたの?」

息子「違うよ。あと、work を間違えちゃいけなんだよ。間違えると先生に怒られるの。」

私「ん?????
そ、そ、そうなんだ....」

こういったやりとりを数回すると、結局、何がなんだか分からなくなる。わからないことを先生に聞くとなぜ怒られるのか、私にはさっぱり意味が分からない。さらに work を間違えただけで、なぜ先生に怒られるのだろうか。そんなことって本当にあるのだろうか。ところどころ、ウソが混じっているような気がしないでもないが、実際の授業の様子がわからないから、なんともいえない。息子はすべて本当のことを言っているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。また、あまり詰問してしまうと、ヘソを曲げて何もしゃべらなくなってしまう。

子供のウソや、学校での出来事に対して、親はどのように対応すればよいのだろうか。前回の Love and Logic, Part I に引き続き、今回は実践編を以下に詳しくみていこう。気になる方は、続きをどうぞ。

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2013年02月04日

息子が学校でやらかした件:Parenting with Love and Logic (F. Cline and J. Fay), Part 1


scream and shout / mdanys


「子育て」、それは親にとって最大の喜びであるとともに、最大の試練でもある。

5歳の息子がハワイの小学校 (といっても学年は幼稚園クラスに相当) に通い始めて、しばらくしたある日のこと。いつものように息子を迎えにいくと、友達の女の子の様子がちょっとおかしい。

「私は彼にすごく失望したわよ。」

どうやら、そんな感じのことを彼女はつぶやいていた。しかしそう言われても、こちらは状況がよく飲み込めない。いったい息子は何をしたんだろうと思いながら先生に挨拶をすると、先生が急に話しだした。

先生:「今日、あなたの息子さんが突然、小学校の壁にオシッコをしだしたのよ。」

私:「ふーーん。んっ!???。えっ!!???」

先生:「そうなのよ。壁にオシッコしたのよ。私ももうショックで。普段はいい子なのだけれどね。今まで子供をみてきて私もこんなこと初めてだから。ベラベラベラベラ・・・」

ただでさえ英語力が乏しいのに、それに加えて自分の想像を超えた話をされると、状況の把握が大変に困難である。とはいえ、どうやらうちの息子は小学校の壁にオシッコをしたらしい。なにをどう考えても、普通の状況ではなさそうだ。なんちゅうこっちゃ。壁に小便とは!!!すぐに息子を呼びつけて怒鳴りつけたくなる衝動にかられる。となりで話を一緒に聞いていた妻は、すでに取り乱し始めている。私も動揺しつつも、それでもなんとか冷静になるよう努め、やっとのおもいで次の言葉を絞りだす。

私:「わ、わかりました。私も彼とよく話してみます。」

先生:「そうですか。それは助かるワ。よろしくね。ベラベラベラベラ・・・」

その後、息子に様子を聞くも、「うーん、忘れた」とか、「覚えてない」といったツレナイ返事しか返ってこない。それでも、絶対に怒らないと約束して、粘り強くせまると息子がようやくしゃべりだした。

息子:「うーん、なんか先生のいっていることがよく分からなかったんだよねぇ。僕がトイレにいっていい?って聞いたら、ダメって言われたような気がしたんだよねぇ。それで壁にオシッコしたの。」

私:「へー。んっ!!!?????」

それを聞いた私はますますパニックである。まあ、ハワイに来てそれほど時間が経っていないのだから、英語が分からないのはしょうがない。それは認める。でも、「トイレにいっていい?」と聞いて「ダメ」という先生なんて本当にいるのだろうか。しかも相手はまだ5歳の子供である。そんなバカな。それでも百歩ゆずって仮に「ダメ」と言われたとして、それでなんで壁にオシッコする発想になるのだろうか。ちょっと理解に苦しむ。そもそも先生からはそんな説明がなかった。ひょっとして息子がウソをついているのだろうか。慣れない環境で息子の心が壊れそうになっているのだろうか。それとも自分が何か重大なミスをおかしているのだろうか。怒らないと約束したものの、なんともしがたい衝動にかられる。うーーん、こんなとき、どうする?どうする、オレ???



しかし、今にして思えば、こんなのはまだまだ序の口である。というのも、5歳児だから「壁に小便」程度ですんだものの、これが10代になると、ドラッグ、性交、犯罪、殺人と話はもっと深刻になる。本書の著者は、小さな子供をもつ親に、次のように警告する。

もし、お店売り場で5歳児をうまく扱うことができなければ、その子が15歳になったときにどうなるか想像してみてみよう。15歳にもなれば、性的な衝動も覚えるし、車の運転免許も取ろうとする(アメリカは16歳から免許がとれる)。そう聞いて不安を覚える人は多いはずだ。
(Many of us have felt queasy after a thought such as this: If I can't handle a five-year-old in a grocery store, what am I going to do with a fifteen-year-old who seems to have an enormous understanding of sex and is counting the days until he gets a driver's license?)


たしかに、5歳児を今のうちからうまく扱うことができなければ、この先、ドラッグ、性交、犯罪といった、さらに手におえない問題が次々と襲いかかってくるだろう。しかも年齢があがるにつれて、その深刻度も増していく。なんとか5歳児のうちに手をうたねば。とはいえ、「壁に小便」をした5歳の息子をどう扱うべきだろうか。その答えを本書に求めてみる。以下、続きをどうぞ。なお、本書がかなり充実していたので、記事を2回に分けて紹介してみる。
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2011年08月21日

ユダヤ式「天才」教育のレシピ (アンドリュー・J・サター & ユキコ・サター)

うちの息子は3歳ごろからサッカー教室に通っている。今でこそ毎週楽しく通っているものの、通い始めのころはなかなか大変であった。親としては、月謝を払っているのだからきちんと参加してもらいたいし、やるからにはサッカーがうまくなってもらいたい。一方、子供はお金のことなんか全く気にするわけもなく、大切なのは本人にとって楽しいかどうかである。

初期のころ、息子が通っている3〜4歳児向けのサッカー教室の練習風景を書いてみよう。前日の夜は、息子もサッカーができるのを楽しみにしていた。そして、いよいよ練習当日。サッカー教室の時間が始まる...

−−コーチのまわりにみんな集まる。

親「お、サッカーが始まるみたいだよ。ほら、もうみんなアッチに集まってるよ!早くいかないと。がんばれー」

子「.....」 

−−子供が集まると、コーチのかけ声のもと、子供達は自由にドリブルし始める。

親「ほら、ボールを蹴って蹴って。あ、手でもっちゃダメ!蹴らないと!そうそう。イケイケ!」

子「.....」 

−−ドリブルしながら自分の色のビブスを集めるゲームが始まる。

親「がんばれー。あ、それ色が違う。青いヤツ、青いヤツを集めないと!そうそう。イケイケ!」

子「.....」

−−ひと通り練習が終わり、家に帰る。その帰り道。

親「いやー、今日もがんばってやってたねぇ。ドリブルなんかすごくうまかったよ。ボールを止めるときはコウやって足の裏で止めるとしっかり止まるよ。するとサッカーがもっとウマくなるから。」

子「...。もうサッカーいきたくない!」

親「えっ!?」

親は子供に突然こう言われて、かなり狼狽する。親は、なぜ息子は突然サッカーがイヤになったか、すぐには理解できない。あんなにサッカー教室を楽しみにしていたはずなのに、と回想する。と同時に、子供によかれと思って始めたサッカー教室の入会金と月謝が頭をかすめる。そして、子供に向けて発するコトバを必死に探す。さてこんなとき、あなたなら、どんなコトバを発するだろうか。次の中から選んでみよう。

1. 「お金も払ってるんだし、折角だからもっと続けようよ」と説得する。
2. 「イヤならしょうがない!もうやめよう!」とキレる。
3. 「そっかー、もう行きたくないかぁ」と同意してその場は流す。
4. その他(コメント欄にどうぞ)。

果たして、その後はどうなったのだろうか。気になる方は続きをどうぞ。

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2011年07月10日

0歳から育てる脳と心−8つの才能を伸ばす33のルール (森田 勝之)

息子が2歳になったころ、簡単なパズルを買い与えてみた。当時、息子がはまっていたボブとはたらくブーブーズ (原題:Bob the builder)のパズルである(下の画像。アマゾンリンクあり)。


そのときの息子の様子と父親の言動をみてみよう。

息子:パズルのピースを上下サカサマにもつ。
父親:「これは上下サカサマだよ。上はこっち。ハイ、これをそこにはめてみて。」
息子:パズルのピースを違う場所にハメる。
父親:「ちがう、ちがう。こっちだよ。」
息子:パズルのピースを持ちあげるも、またも上下サカサマにもってしまう。
父親:「おっとまた上下サカサマだ。ハイ、持ち方はコウ。はい、どうぞ。」
息子:なんとか、正しい場所にパズルのピースを置く。
父親:「うおー。上手にできたねぇ。すごいすごい。さあ、次は?」
息子:はめにくいパズルのピースを手にする。
父親:「お、それは難しいピースだなぁ。さあ、挑戦だ。がんばってみよう。」
息子:ピースを台に置くも、以前に置いたピースが崩れてしまう。
父親:「お、おしい。ここがコウで、これはコッチで、はい、元通り。」
息子:「ワーーーーー!!! ガチャガチャガチャ」突然憤慨して、パズルをバラバラにする。
父親:「あははは...。パズルはちょっとまだ早すぎたのかなぁ。」

果たして、子どもにパズルはまだ早すぎたのだろうか。以下に、本書に書かれている子どもの知性の発達について紹介してみよう。


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2011年06月26日

エピソードで学ぶ乳幼児の発達心理学 −関係のなかでそだつ子どもたち− (岡本依子・菅野幸恵・塚田-城みちる)

ある日の朝7時半頃。その日は、三歳半を過ぎた息子と保育園に歩いて向かっていた。最終コーナーを曲がり、保育園まで残すところあと百メートル程度の直線コースにさしかかったときである。急に息子の動きがピタっと止まる。そして次の一言を放った。

「あっ、おもちゃ(トミカのミニカー)を持ってくるの忘れた!」

「うっ?!」

こちらが一瞬の戸惑いを見せた瞬間、1kmも離れている家へ戻ろうとする。ここで家まで往復したら、ダラダラと歩くので1時間はかかってしまう。仕事もあるし、そんなのは親としては許容できない。先を促すためにも説得を試みる。

「さ、保育園にいこうよ。先生もお友達も待ってるよ。今日は誰がいるかなぁ?」

そんな私の説得に耳をかすワケもなく、息子の感情が爆発する。

「ヤーダ!ヤーダ!!ヤーダ!!!オモチャを取りに帰る!!!!」

そして道ばたに倒れ込んで大泣きがはじまる。俗にいう"悪魔の三歳児"というヤツである。そんなとき、散歩をしている一人の老人が通りかかった。そして息子に語りかけた。

「どうしたのかな?」

そんな語りかけを全く無視し、息子は地べたに仰向けになったまあま激しく体を揺さぶり、相変わらず大泣きしている。そんな様子をみて老人は息子に話しかけるのをあきらめ、散歩を続けた。私は苦笑いをしながら、こう説明した。

「オモチャをもってくるのを忘れたので、カンシャクを起こしているんですよ」

すると老人は私に次のような捨てセリフを吐いて立ち去った。

「ずいぶん聞き分けの悪い子だねぇ。」

思いがけない言葉を聞いて、カチンと頭にきた。怒りにまかせてその老人に殴りかかりそうになるも、なんとかコブシを抑えて落ち着いてみる。改めて冷静になってみて、よく考えてみる。「これって聞き分けの悪い子なのだろうか」。

その答えを教えを求めて発達心理学の本を手にしてみた。以下に本書について簡単に紹介してみる。


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2011年04月23日

幼児期ー子どもは世界をどうつかむかー (岡本 夏木)

日曜日の夕方、近くの公園へでかけると、かなりの高確率で親子バトルが勃発する。このバトルでは、おおよそ2〜3歳程度の幼児と親との間で繰り広げられる。もうすぐ4歳になる息子をもつ我が家でも、最近はかなり減ったものの、以前はよく親子バトルが繰り広げられていた。子どものいる家庭なら、誰しもが一度は経験したことがあるバトルではなかろうか。

次のやりとりを見てみよう。場面は、そろそろ家に帰ろうとするところから始まる。

父親「さぁ、そろそろ帰ろうか。」
息子「やだ。まだ遊ぶ。」
父親「日も沈んで暗くなってきたし、おなかも空いてきたし、そろそろ帰ろうよ。」
息子「や〜だ! もう一回ブランコする!!」
父親「えぇ〜?! お父さん、もう疲れたし帰りたいなぁ〜。お母さんも心配しているよ」
息子「や〜だ!や〜だ!! もっと遊ぶ!!! 」
父親「も〜う、しょうがないなぁ。じゃあ、ブランコ一回だけだよ」
息子「や〜だ!!!や〜だ!!! いっぱいブランコする!!!」

こうなってしまった幼児は、ワーワーギャーギャー大泣きして、もうどんな言葉も受けつかなくなる。そうなると、親の行動がおおよそ2つに別れる。忍耐力のある親は、子どもを遊ばせて、外が真っ暗になって見えなくなるか、子どもが飽きるのを待つのである。一方、待つことなんてできない、という親はリーサルウエポンを使う。泣き叫ぶ子どもを抱きかかえて(もしくは罵声を浴びせながら)、チカラづくで強引に連れて帰るのである。

ただ、この力にモノをいわせた「リーサルウエポン」の使用には、ちょっと注意が必要である。力で親が勝るのは明らかであり、その力を行使して子どもを従わせてしまうと、知らず知らずのうちに子どもは「力こそすべてだ」と思うようになる。さらに親は、「しつけ」と称して折檻する場合もある。この「しつけ」がエスカレートして幼児虐待へと移行するケースも多いらしい。

ほかに何か良い手がないだろうか。そう悩んでこれまでに読んだビジネス書を振り返ってみると、こういうときに威力を発揮するのが「コミュニケーションスキル」だということに気づく。コミュニケーションの基本といえば「相手の立場で考える」ことである。つまり、この場合では、「子どもの立場になって考える」ということが親には必要なのだろう。

といっても、幼児がいったい何をどう考えているかなんて、親に果たして解るのだろうか。本書を基に以下にまとめてみる。

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2010年07月11日

3歳からの「考える力」教育 (久野泰可)

総得点 (15点満点) : 5 点
内訳
文章 (1-5) : 3 点, 内容 (1-5) : 1 点, 感動 (1-5) : 1 点

久しぶりに悲しい気持ちにさせらる本に出会ってしまった。著者にとって失礼極まりないのだが、本書は私にとって相入れない幼児教育に対する考え方を述べている。

本書は、論理的思考力をつけるために、幼児教育としてどのようなことが必要かを考えた内容である。特に小学校受験を話題の中心にして、3〜5歳児への具体的な学習指導を記している。小学校に入学した児童が、学校の授業についていくことを目指し、積極的な幼児教育を提案する。

ただ、著者のいう論理的思考力とはいったい何なのか、私の力不足もあって私には理解できなかった。これに加え、幼児教育の目的が、小学校に入学したときに児童が困らないようにする、という点も納得できない。さらに、幼児が自発的にやりたいと思うのではなく、あくまで幼児に学習を強いるというところも私には受け入れ難いところである。

以下にその詳細を述べてみる。(みんビズ!の書評もあわせてどうぞ

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ラベル:子育て 久野泰可
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2009年11月24日

子どもの話にどんな返事をしてますか? (ハイム・G・ギノット)

総得点 (15点満点) : 14 点

内訳
文章 (1-5) : 4 点, 内容 (1-5) : 5 点, 感動 (1-5) : 5 点

私には2歳半になる息子がいる. 今はどこに行くにしてもチョロチョロ動き回り、大変ヤンチャである. 他人からしてみると、うちの息子は元気に動き回るかわいい子供と見えるようだ. 現に私も以前までは、そのような小さくてヤンチャな子をみると、ほほえましい気持ちになっていた. しかしである. 実際の親からしてみれば、とてもじゃないけどそんな悠長な気持ちではいられないことが最近わかった. たとえば先日、子供が電車の中でわがままをいってきかなく、母親がブチ切れて、"もう知らない"といって先に一人で電車から降りてしまった光景を見かけた. 以前の私なら、"あれはアリエナイ"と思っていた. でも今はその母親の気持ちが痛いほどよくわかる. 子供なんかもう放置しておきたい気持ちになる. 息子は平気で道路に突然飛び出すし、運が悪ければ事故に遭遇したであろう状況がこれまでも何度もあった.

そんな子育てに悩んでいるときに、本書に出会った. タイトルはあまり冴えない印象であるものの、中身は抜群によい. 本書を読んでいる途中で、ついにすばらしい子育ての本を見つけた、と自慢したくなってきた. ただ残念ながら、この本を発掘したのは私ではなく、私の妻である.

タイトルは、"子どもの話にどんな返事をしてますか?"となっているが、原書のタイトルは "Between Parent and Child" である. 直訳すると"親子間"となる. 意訳すると、"親子関係の築き方"とか"親と子のコミュニケーション術" といったところであろう. 本書は親が子供の自立を助けるために、どういった会話やしつけをすればよいか、その指南書である. 元が原書であるため、ごくたまに、これは誤訳じゃない?と思うような文章が数カ所ある. そこが本書のオシイところだ.

さて、子育ての最大の目的と親の責任とは何か. この本によればそれは、子供が親から自立して1人で生きていける人間に育てることである. 親は、子供の自立を手助けしなければならない. 当然それは簡単なことではない. 壊れた時計を直すのに専門技術がいるように、子育てにもスキルが必要である. 以下に、子供が自立するために必要な親の知識と技術について、本書の内容を簡単にまとめてみる.

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