2012年07月21日

我輩はノマドである:21世紀の歴史 (ジャック・アタリ)


I am a nomad / Meg Stewart


以前はものすごく大変だった引越しが、最近になって急にラクになった。

今からおよそ10年前、北海道の大学院へと進学するために関東から札幌へと引っ越した。そのときは、私もまだ独身で、一人分の荷物がだいたいダンボール10箱程度+家電だったと記憶している。あれから10年ほど経過した現在、ハワイへと旅立つためにまとめた荷物が、親子3人でダンボール10箱以下である(ハワイでは家具付きの賃貸を借りている)。その内訳は、洋服が2箱、職場の荷物が2箱、子どもの絵本とオモチャが3箱、その他が2箱程度である。子どもの荷物がなぜか多いものの、自分たちの荷物はかなり減らすことができた。そんな荷物の削減に大変貢献したのが <ノマド・オブジェ> である。

私の場合、仕事柄、多くの教科書や参考書が必要である。10年前に札幌へ引っ越したときも、ダンボール箱の1/3程度が教科書や参考書の類いであった。大学院にいる間にさらに教科書や参考書の類いが増え、それに加え学術論文のコピーも大量に増えていった。その結果、学位を取得して札幌を離れるときには、教科書や書類関係の荷物がダンボール10箱程度にまで増えていた。私一人でこれだけの荷物である。妻の分も合わせると大変なことになる。しかも国内ならまだしも、海外にこれだけの荷物を運ぶとなると、ダンボール1箱で1万円はかかってしまうため、すべて合わせると恐ろしい値段になってしまう。現在は、論文がほぼPDF化されているため、論文のコピーを持ち歩くことは無くなった。しかし、教科書や参考書はまだまだ電子化されておらず、移動のときは大変かさばってしまう。

そんな大量の荷物を仕分けするため、我が家では「自炊」を決行した。「自炊」とは、簡単にいうと本や教科書を裁断して 電子化することをさす。はじめて教科書を裁断しようと決意し、カッターを手に背表紙を切り落とそうとしたときは、何度となくためらった。神聖なる教科書に果たしてメスをいれてよいのだろうか...。そんな想いが頭をよぎった。とはいえ引っ越しのたびに大金をはたいて郵送したり、荷物の整理というあの面倒な作業をくり返すかと思うと、ここでためらってはいられない。断腸の想いで背表紙にメスを入れ、裁断機で一気に教科書をバラバラにする。それと同時に自分の中で、なにかがバラバラと崩れ去る。そして、バラバラになった教科書を「ScanSnap」へと流し込み、PDFとして保存する。その後、Acrobat を用い「clean scan」オプションでOCR (文字認識)処理を施し、iPad で快適にみれるようPDFファイルを保存する。あとは、そのPDFファイルを iPad の「i文庫」へと送り込めば、今まで本棚を埋め尽くしていた教科書たちが自分の iPad の中でいきいきと蘇る。その結果、これからは iPad さえ持ち歩けば、何十冊もの教科書に瞬時にアクセスできるようになり、引っ越しもグッと楽になったのだ。

こういったポータブルなデバイスのことを本書では<ノマド・オブジェ>と呼ぶらしい。<ノマド・オブジェ>が普及してくると、我々の生活スタイルはどのように変化していくのだろうか。過去の歴史を振り返ることで21世紀の歴史がある程度予想できるとジャック・アタリ氏はいう。以下に簡単に紹介してみよう。


本書はフランスの知識人ジャック・アタリ氏がまとめた21世紀の社会を予想する内容である。経済的な視点でこれまでの歴史を振り返り、その洞察を基に21世紀の社会を記述する。350ページにもわたる分厚い本であるものの、論理的にかかれていて、わかりやすくとても勉強になる。歴史の話というと、私にとったは堅苦しくて分かりにくいイメージでしかなかったものの、ジャック・アタリ氏の手腕によって躍動感あふれる楽しい未来への教訓へと様変わりする。本書を読み終わったときは、もっと歴史の話をたくさん聞かせてほしいと思うほど、本書にのめり込んでしまった。そんな堅苦しい歴史に対して、ジャック・アタリ氏は次のようにいう。一般的に歴史を記す本は、商人の境遇よりも君主の運命に興味を示すとしても、また、数千年の間にわたって世界が共有し続けるであろう帝国の栄枯盛衰を語ることを好むとしても、今後の歴史上の重要な変化は他の場所にある(p.44)。以下に人類の歴史の外観と、これから起こるであろう未来の行く末を簡単に紹介してみよう。

まず、人類の歴史を振り返るうえでポイントとなる視点が3つある。この3つの視点は、人類史を動かす秩序を形成しており、3つの権力として置き換えることもできる。どの時代においても、三つの権力秩序は共存し、一進一退を繰り返し(p.29)ながら、それぞれ代わる代わる富を支配してきた。人類の歴史をひもといていくと、これら3つの権力のバランスによって、社会の秩序が誕生し、そして衰退していくことがわかる。つまり、歴史の法則は、これら3つの権力秩序で理解することができ、その歴史の法則を未来へ当てはめることで、これから起こるであろう将来の社会を予測することができる。

歴史の法則ともいえる3つの権力とは、「宗教」「軍事」「市場」である。社会は、これらの秩序にしたがって富をコントロールしているうちは安定している。しかし、秩序が乱れ始めると社会は不安定となり、新たな権力者へと社会の転換が起こる。20世紀後半の社会ではアメリカ帝国が富をコントロールしていたものの、2009年の金融危機以降、その秩序に乱れが生じ始めて、現在のような不安定な社会を形成している。ここからは、3つの権力によって、21世紀の社会がどのようになるかをひとつずつみてみよう。

「宗教」による秩序


「宗教」による秩序とは、権威が主として宗教に基づいており、「典礼の秩序」ともいう。いうなれば、法がすべてである。古代では「聖典」という名のバイブルを基に社会の秩序が維持されてきた。聖典から外れた行為は厳しく罰せられ、グレーゾーンは宗教人によって裁かれる。聖典から外れた行為が増えて社会の秩序が乱れそうになると、「いけにえ」によって社会の秩序を取り戻そうとする。この「聖典」を現在まで追って行くと、「法律」へと行き着く。「法律」が正しいかどうかは、これまでの社会が築いてきた価値観に基づいており、宗教による思想が大きな影響を与えている。すべてを「法律」で規制し、そこから外れた行為は「違法」として取り締まる。法が支配する状況では、軍隊も法によって支配される。ただし、あまりに規制が厳しかったりすると「アラブの春」で起こったように反乱が起こり、「法による秩序」に対して人々は反発する。アメリカと中東とが未だに仲良くできないのも、キリスト教とイスラム教という「聖典」がそもそも相容れないことが一因となっているのかもしれない。

現在は「法」による規制が国によってなされている。しかし、これからは保険会社によって「法」が規制されるとジャック・アタリ氏は予想する。その結果、国家を超えた「超帝国」が形成される。「超帝国」の形成は、国家のサービスが民営化され、国家が衰退することからはじまる。現在の日本では、年金問題にみられるように、国が年金を管理することが難しくなってきている。その結果、401kに代表されるように、年金や保険のサービスが徐々に民営化していく。その委託先となる保険会社は、保険のリスクをしっかりと計算できるよう、人々の健康状態を常にモニタリングするようになる。IT技術の発達により、世の中で隠し事ができなくなってきて、<超監視社会>が到来する。その兆候はすでに現れており、tiwtter で炎上して名前を晒されるなんていうのも、その一例であろう。ゆくゆくは、摂取カロリーや栄養分といった自分の食べる物すべての情報までもが保険会社によって規定され、必要以上にカロリーを接種しようとすると保険料が高くなる、といったような規制が働くようになる。以前に読んだポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき (レイ・カーツワイル) で描かれていた、まるでSFのような世界の到来をここでも予想している。

「軍事」による秩序


「法」の規制が行き過ぎ、法律ではもはや人々をコントロールすることができなくなると、今度は武力による暴力がやってくる。その結果、「軍事」による秩序、すなわち権力とはなりよりもまず軍事力である「皇帝の秩序」(p.29)で権力者は人々を支配しようとする。歴史を振り返ってみると、貨幣が流通する以前は、物々交換でモノのやりとりが行われていた。ある程度、なんらかの規制が働いている間はこの物々交換がうまく機能しているものの、無法地帯と化してしまうと、物々交換しようとしても、武力の強いほうが優位に交渉をすすめるようになってくる。ドラえもんにでてくるジャイアンが「オマエのモノはオレのもの、オレのものはオレのもの」と言っているように、武力が物事を支配してしまうと、軍事力の強さで物事が決められてしまう。 そうなってくると、武力で物事を支配しようとする人たちがたくさん現れ、自らの野望達成のために軍備を拡張する(p.239)。さらには、人だけではなく狂信的で好戦的な国がいくつか現れ、この時代を支配しようとする(p.239)。日本や世界の歴史を振り返ってみても、戦国時代という、武力で世の中を支配しようと目論む権力者たちの時代が存在していた。

以前までは、軍事力においてもアメリカが世界を支配していた。しかし、昨今の金融危機によってアメリカの力が衰退してきている。このように国家が弱体化すると、暴力を誘導することもコントロールすることも不可能になる(p.238)。その結果、地域紛争が続発し、国際紛争にまで発展する場合もある。さらに、「超帝国」の台頭によって、国家の機能が解体されることで国家が弱体化すると、警察権力による統制はきかなくなっていき(p.242)、マフィア、ギャング、テロ組織、海賊といった武装集団がますます勢力を拡大する。先進国と新興国との対立も激化し、世界情勢が不安定になってくる。そうなると、(一)希少資源をめぐる紛争、(二)国境をめぐる紛争、(三)影響をめぐる紛争、(四)海賊と<定住民>の紛争(p.271)といった4つのタイプの紛争が勃発し、やがて世界規模にわたる「超紛争」が発生する。日本にいると平和ボケして、「超紛争」なんて起きるわけが無い、と思いがちであるものの、中東の不安定な情勢や北朝鮮の不可解な軍事行動、そしてテロの脅威を目の当たりにすると、すでに「超紛争」の兆候が現れていると感じてしまう。万が一にでも、ジャイアン的な考え方をもった国家によって世界が支配された世の中を想像すると、そんな未来は大変に暗い。

「市場」による秩序


これまでみてきた宗教人や軍人に対抗する3つめの権力が商人である。「商人といえばお金」と想像するように、「市場の秩序」では、支配グループが経済を支配することになる。市場が形成されるまでには、それこそ紆余曲折があった。そのへんの細かいことは本書を読んでもらうとして、「市場」が活性化することでどういう歴史が創られてきたかをみてみよう。市場が活性化すると、人があつまり、日用品が安くなり、新たな文化が芽生え、人々の生活が豊かになる。人々が社会のルールを厳守するようになる。さらに経済が回ることで技術革新も進み、軍人がその市場を外敵から守るようになる。こうして「市場の秩序」が生まれる。日本でいえば、織田信長が「宗教による秩序」を止めるために僧侶たちを排除し、一方で楽市楽座を組織することで「市場の秩序」を生み出していたことに相当するのであろう。この「市場の秩序」の原動力となるのが、人々の自由を手にいれたい欲望である。これは古代から続いている人間が本来もつ欲望らしく、ユダヤーギリシャの理想とは、自由こそが究極の目的であり、また道徳規範の遵守ともなり、生存条件でさえあることを明確にした(p.47)と、本書には書かれている。とはいえ、東洋と西洋とでは、欲望に対する接し方に違いがあり、本書によれば、次のように述べられている。アジアでは、自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では、欲望を実現するための自由を手に入れることを望んだのである。言い換えれば、世界を幻想と捉えることを選択するか、世界を行動と幸福を実現する唯一の場であると捉えるかの選択である(p.49)。

「市場の秩序」の原動力が「人々の自由を求める欲望」だとすると、「市場の秩序」の描く未来は「人々が自由を勝ち得た未来」となる。例えば仕事において、人に「あれやれコレヤレ」と指図されるよりも、ある程度、自分の好きなように、そして「自由」に仕事をさせてもらえると楽しく仕事に取り組める。そんな「自由」という言葉から良い印象を受けるように、「市場の秩序」が描く未来は明るい。著者は、「市場の秩序」がもたらす未来を「超民主主義」と表現する。この「超民主主義」こそが、「超帝国」や「超紛争」といった暗い未来に対抗する唯一の手段と著者は訴える。

それでは「超民主主義」とは、いったいどういう社会だろうか。詳細は本書を読んでもらうとして、ここでは「超民主主義」で活躍する人々を紹介してみる。その人々を著者は「トランスヒューマン」と呼ぶ。トランスヒューマンとは、利他主義者であり、世界市民である。彼らは<ノマド>であると同時に定住民でもあり、法に対して平等な存在であり、隣人に対する義務に関しても同様である。また、彼らは世界に対して慈愛と尊厳の念を抱いている。彼らの活動により、地球規模の制度・機構が誕生し、産業は軌道修正されていく。こうして産業は、各人のゆとりある暮らしのために必要となる財や、人類全員にとってゆとりのある暮らしのために必要となる共通資本を発展させていく(p.288)。噛み砕いていってしまえば、サル山の大将を目指している人ではなく、みんながお互いに助け合って生きていける社会をつくろうとがんばっている人がこれから主流になってくると、著者は期待もこめて言っている。

以上まとめると21世紀の歴史とは、法典が支配する「超帝国」、力が支配する「超紛争」、経済が支配する「超民主主義」の3者のせめぎ合いという構図になるそうだ。いずれにせよ、人々は<ノマド>となって地理的に自由に移動するようになる。その結果、この先も携帯電話やパソコン、インターネットといった<ノマド・オブジェ>が人々の必需品となる。放射能汚染が深刻な日本では、今後もますますノマド化が進行するのかもしれない。将来に漠然とした不安を覚えている人なら、本書を読めば、未来へのひとつの道筋が見えてくるのではなかろうか。

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
ジャック・アタリ
作品社
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------ lhfluxの評価 ------
総得点 (15点満点) : 15 点
内訳
文章 (1-5) : 5 点, 内容 (1-5) : 5 点, 感動 (1-5) : 5 点
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目次
21世紀、はたして日本は生き残れるのか?
序文−21世紀の歴史を概観する
第 I 章 人類が、市場を発明するまでの長い歴史
第 II 章 資本主義は、いかなる歴史を作ってきたのか?
第 III 章 アメリカ帝国の終焉
第 IV 章 帝国を超える<超帝国>の出現−21世紀に押し寄せる第一波
第 V 章 戦争・紛争を超える<超紛争>の発生−21世紀に押し寄せる第二波
第 VI 章 民主主義を超える<超民主主義>の出現−21世紀に押し寄せる第三波
付論 フランスは、21世紀の歴史を生き残れるか?


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