2012年02月19日

「ただちに影響はない」という警告:金融危機後の世界 (ジャック・アタリ)


Injured Piggy Bank WIth Crutches / kenteegardin


リーマンショックに端を発した金融危機。そのあおりもあってか、気がつけば日本では国債の大量発行に伴う債務超過危機に見舞われている。さらに追い打ちをかけるように震災が起き、現在は原発による放射線危機も加わった。そんな、日本国民にはもう耳慣れた言葉となりつつある"危機"に対する政府の反応はいたってシンプルである。

「ただちに影響はない」

日本に限らず、"危機"に対する各国政府の反応はどこの国でもたいして変わらないようだ。本書によれば、金融危機が起きたあとの様子を次のように語っていた。

誰もが、投資から貯蓄に回帰し、さらなるリスクを負うことは拒否し、自己防衛に走った。銀行間の取引は停止した。
 政府が「すべては順調である」と宣言するのは、決まって、このタイミングである。大規模な惨事が迫っていると感じた市民のほうが、まったく正常である(p.33)。


逆にいえば、政府が「すべては順調である」とか「ただちに影響はない」といったときは本当に危険なのだろう。そんな政府の予言どおり、日本では未だに経済回復の兆しが一向に見えてこない。この不景気はいったいいつまで続くのだろうか。長引く不況に対して我々はどういう行動をとるべきなのだろうか。ジャック・アタリ氏の言葉から考えてみよう。


本書は、フランスを代表する知性として知られるジャック・アタリ氏による、経済回復へむけた政治への提言である。過去に起きた金融危機の歴史的解説からはじまり、その過去の教訓を基に、なぜ現在の金融危機が起きたかの分析と、今後の世界経済がどこへ向かおうとしているかの推察、さらに現在の金融危機に対する政治的対応について述べられている。扱う内容は大変高度であるものの、用語解説や脚注もあって、私のような一般人でも理解できるよう工夫されている。発想力の豊かさと、するどい洞察力をもったジャック・アタリ氏は、日本でいうところの大前研一氏とよく似ていて、政治家参謀という印象が強く残る。本書は約300ページと分厚いものの、ページの下1/4は用語解説にあてられていて、見た目ほど分量が多くはない。私は経済に興味があって本書を購入したものの、政治や政策に興味がある人のほうが本書を楽しめるかもしれない。以下に、ジャック・アタリ氏による金融危機の原因と、今後の世界経済の動向について簡単にまとめてみる。

リーマンショックに端を発した現在の金融危機について、その原因は「サブプライムローン」であるとよく言われている。サブプライムローンとは、低所得者層に対する住宅ローンのことで、返済が滞るリスクが高いために金利も高い。このローンの債権が金融理論を駆使して証券化され、世界中の投資家たちにバラまかれた。とはいえ、これ自体は有効な手法である。本書にはこう書かれている。

「アセット・バックト・セキュリティ(ABS)」(投資担保証券)という名称で、あらゆる種類の債務が証券化された。とくにクレジットカードの債務など、個人向けローン債権が証券化された「債務担保証券」(CDO)も急増した。CDOは、サブプライム・ローンのRMBSと同様の信用リスクの階層化構造をもっていた。これらすべてが、経済成長率を上回る収益性を約束していた。投資家が、購入する金融商品の性格をきちんと理解し、証券化が返済不可能なローンを組むことの口実とならない限りにおいては、これらすべての証券化商品は、元来は、有用な金融手法であったのである。(p.93)

しかし、こういった商品を利用して自分たちだけ儲けようと企む人々がいた。本書では、その人たちを<インサイダー>と呼ぶ。ここでいう<インサイダー>とは、銀行員や証券会社の社員たちのことをさし、次のように著者は彼らを痛烈に批判している。

<インサイダー>は、資金移動や借り入れのメカニズムを複雑きわまりないものにして、自分たちの利益が最大限に保護されるように、あらゆる手段を講じた。
 その一方で、こうしたブームが長続きしないことを悟った<インサイダー>は、国民の労働所得を減少させ、その分、自らの取り分をさらに増やした。リスクが増大するにつれ、そして危機が迫るにつれ、彼らはその取り分を増加させた。
 言い換えると、この理論に従って、<インサイダー>の報酬額は、危機が迫るにつれて増加した。けっして減少したのではないのである。(p.225)


このように、<インサイダー>と呼ばれる人々が、自分の利益を増やしたいがために、なりふりかまわず毒の入った商品を証券化し、それを世界中にバラまいた。普通なら、そういった行動を国が規制すべきである。しかし、経済がグローバル化してしまったにも関わらず、それを規制するグルーバルな仕組みが存在しないために、そういった行動が野放しの状態になったしまっている。そんな状況を著者は次のように嘆く。

かつてすべての国家では、国家が市場を創設し、次に市場が民主主義を生み出してきた。そして、民主主義が国家システムの変革を要求してきたのである。
 ところが、二十世紀後半に入り、国家は市場を創設することも規制に乗り出すこともなく、市場は世界規模で自己増殖していったのである。こうして、世界規模で法をきちんと整備できる機関が、まったく存在しない状態となった(p.223)。


したがって、同じような金融危機を起こさないようにするためには、経済のグローバルな規制が早急に必要だと著者は説く。しかし、そんなことはできないだろうと、著者は悲観的になりながら、次のようにぼやく。航空機の安全対策やサッカーに関しては国際的なガバナンスは効果的に機能しているのに、金融に対してだけ同じような国際的なガバナンスを施すことができないわけがないだろう、ということなのだ(p.230)。

こういった見通しからも分かるように、著者が描く今後の世界経済は、次に示すように明るくない。今後、残念ながら、現在の危機によってさらに社会的不平等が拡大し、新たな金融手法が開発されることによって資金がかき集められ、債務はふたたび増加することになるであろう。それによって、新たな世界金融危機が勃発する可能性がある。そして次に金融危機が世界を襲うときには、金融は、新たなコミュニケーション・テクノロジーを駆使することで、さらに統合され、さらに多様となっており、現在の金融とは根本的に異なった性質になっているであろう(p.253)。

このように今後も金融危機が襲う理由として、今回の金融危機の根本的な原因が「サブプライムローン」とは別のところにあると著者は考えているからである。もし、今後もアメリカ経済が発展し続けるのならば、借金がきちんと返せるはずである。ところが現在は、中国やインドといった途上国の躍進におされて、アメリカ経済が今後も発展し続けるかどうかに人々が疑問を抱くようになった。そういう視点に立つと、今回の金融危機は、ある意味で、現在の金融危機は、アメリカの信用失墜が加速した段階と解釈できる。また世界が、アメリカ政府やアメリカ人に対して破綻が宣言される前に、借金の返済を迫った段階であるとも解釈できる(p.200)。これに加え、世界的に人口の高齢化が経済に打撃を与える。人間は五〇歳を過ぎると平均的に消費を減らすために、人口の高齢化も、需要の伸びに重くのしかかったのである(p.83)。その結果、富が高齢者に流れ、高齢者の消費が抑えられることで、現在の経済不況を招いていると、著者は分析する。こういった問題点を指摘しながらも、著者は次のことばから分かるように、金融危機が今後の経済にとってよい方向へと作用すると期待している。

今回の危機は、若年層の相対的な減少と所得の偏りによる危機であると考えている。そして、これはグローバル化以降の最初で最大の危機となったが、チューリップ・バブルのケースのように、この危機を克服することによって、いずれは力強い経済成長につながっていくと予測している(p.81)

今後の経済成長でキーとなってくる言葉が<ノマド>である。<ノマド>とは「遊牧民」のことで、現代では移動をくり返す非定住型の生活をする人々をさすそうだ。本書によれば、<ノマド>にはおおまかに3種類あり、エリートビジネスマン・研究者・芸術家・芸能人・スポーツマンといった専門技術を身につけている<超ノマド>、生き延びるために移動を強いられる<下層ノマド>、定住民でありながら超ノマドに憧れ、下層ノマドになることを恐れてヴァーチャルな世界に浸る<ヴァーチャル・ノマド>がある。IT技術の発展により、<ノマド>はどこにいても仕事ができるようになった。1971〜82年の長期にわたって、アメリカは経済的混乱に陥ったが、情報技術革命による三つの<ノマド・オブジェ>(携帯電話、ノートパソコン、インターネット)の発明によって、やっと蘇生した(p.182)。今後の経済発展には、この<ノマド>という概念が重要になってくると著者は考えている。

<ノマド>が主流になってくるとすると、世の中はどのように変わるのだろうか。はじめに、携帯電話により、世界中の金融市場で大革命が起こる。まずは、通信会社、情報ファイルやテクノロジーを所有する企業が、銀行と協調路線を歩むことを選択しない場合には、銀行のライバルとなる可能性がある。次に、マイクロ・クレジットを皮切りに、携帯電話に対応した新たな金融商品がいたるところから登場する。こうして数十億人の人々が、直接的に、あるいは<インサイダー>を仲介して間接的に、金融市場に参加できるようになり、世界市場に大量の貧しい人々が一挙に参入する(p.254)。もっと詳しく知りたい人は、本書をあたってもらうか、「21世紀の未来」がいいかもしれない。このブログでも、次回は「21世紀の未来」を紹介する予定である。

最後に、未来へ向けた著者の言葉をふた言ほど。

・いかなる種類の仕事であれ、労働(とくに利他主義に根ざした労働)だけが、富を得ることを正当化できる。
・唯一、本当に希少なものとは"時間"である。人々の自由時間を増やし、人々に充実感をもたらす活動に対しては、とくに大きな報酬がもたらされるべきである。p.260


金融危機に対して「不景気だ」とただ嘆いているだけではなく、前へ進みたい人は本書をどうぞ。

金融危機後の世界
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ジャック・アタリ
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総得点 (15点満点) : 12 点
内訳
文章 (1-5) : 4 点, 内容 (1-5) : 4 点, 感動 (1-5) : 4 点
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目次
日本語版序文 日本経済は"危機"から脱出できるのか?
序文 金融危機後、世界はどうなるのか?
第1章 資本主義の歴史は、金融危機の歴史である
第2章 史上初の世界金融危機は、こうして勃発した
第3章 資本主義が消滅しそうになった日
第4章 金融危機後の世界
第5章 なぜ金融危機は起こったのか?
第6章 金融資本主義への処方箋
第7章 "21世紀の歴史"と金融危機


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